行政書士の試験科目より 社会権 ~社会権の関係・生存権~

行政書士の試験科目より 社会権 ~社会権の関係・生存権~


行政書士試験で出題される憲法の三大原則の1つ、「基本的人権の尊重」の中には社会権の保障が含まれています。

1 社会権とは

自由権は「国民のこういう行為を国家は妨げてはならない」という、どちらかというと受け身といえる権利ですが、社会権はむしろ積極的に国家に関与し、弱者への助けを求めていく権利です。もっとも、そういった権利を侵害するような行為を国家がした場合にはその干渉を排除する、自由権的側面もあります。

社会権の基礎となるのは25条の「生存権」です。

そこに定められている「文化的な生活」を営むためには最低限の教育を受けなくてはなりませんから26条の「教育を受ける権利」が必要ですし、生活するためにお金を稼ぐにあたって27条の「勤労の権利」が認められていなくてはなりません。そして、その勤労する環境をよくするために労働者同士で雇用主と交渉できるよう、28条の「団結権」があるのです。

2 生存権

生存権は、25条第1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」および第2項「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」で定められています。

生存権をめぐる2つの説

生存権をめぐっては、2つの説が並立しています。

1つ目は、生存権は権利というよりも「社会保障をしっかりやる」という国家目標・政治上の義務だとする「プログラム規定説」です。判例はこの説を採用していて、生存権が実現するために行政が社会保障を手厚くしていくための規範として25条がある、としています。この考え方の場合、生存権は権利ではないため、法規範性が否定されます。

一方、生存権は権利であると法規範性を肯定する説もありますが、これは知る権利のような抽象的な権利だとする「抽象的権利説」と、具体的な権利だとする「具体的権利説」に分かれています。

抽象的権利説では、生存権を直接根拠にすることは不可能でも、具体化する法律があれば(国民年金法など)それに基づいて25条第1項に主張できるとするものです。

具体的権利説では別途の法律がなくても、「そもそも、最低限の生活を送るために必要な法律がないこと自体が違憲だ」と不作為違憲訴訟をすることが可能、としています。ただし、あくまで法律がないことに対する訴えが起こせるというだけで、こちらの説でも、25条を直接根拠にして裁判所に社会保障を求めるということはできません。

生存権が「プログラム規定説」だとされた判例

生存権がプログラム規定説であるとされた判例には「朝日訴訟」や「堀木訴訟」があります。

朝日訴訟では、生活保護による支給額が少なく25条に違反しているという旨の訴えがなされましたが、最高裁は生活扶助基準の適否について「憲法25条1項はすべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に具体的権利を賦与したものではない」と述べています。

つまり、何をもって「健康で文化的な最低限度の生活」とするかは厚生大臣の裁量に委ねられているものであり、裁判所で判断することができない、ということです。国民の権利は生活保護法という法律で守られるべきだと言っています。

生存権を権利と考えない理由

なぜ生存権を権利と考えないのでしょうか。

今の日本ならばそれを疑問に思えますが、仮に発展途上国の中でも最貧国レベルまで財政が落ち込んだ場合、その中で現在の生活レベルを維持するためにどうすればよいか、ということを考えるのは、もはや裁判所の判断によるものではありません。

反対に、財政状況があまりに好転しすぎて税金が使いきれず余っている、という時に、どこにお金をどれだけ回すかを考えるのもまた、政治の判断領域なのです。

それがプログラム規定説の理屈です。

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