平成22年司法試験民事系第1問(商法)

平成22年司法試験民事系第1問(商法)

〔第1問〕(配点:100〔設問1と設問2の配点の割合は,2:8〕)

  次の文章を読んで,後記の設問1及び設問2に答えよ。

 

1.Aは,自己の所有する土地建物(以下「本件不動産」という。)を活用して,株式会社を設立してスーパーマーケット事業を営もうと考えた。しかし,Aは,本件不動産をスーパーマーケットの店舗に改装する資金を有していなかったので,友人Bに対し,同事業を共同して行うことを提案した。Bは,Aからの提案を了承し,両者の間に,株式会社を設立してスーパーマーケット事業を営む旨の合意が成立した。

2.そこで,A及びBは,いずれも発起人となって,発起設立の方法により,会社法上の公開会社であり,かつ,株券発行会社である甲株式会社(以下「甲社」という。)を設立することとした。

  A及びBは,発起人として,Aが金銭以外の財産として本件不動産を出資すること,その価額は5億円であること及びAに対し割り当てる設立時発行株式の数は5000株であることを定め,これらの事項を,書面によって作成する定款に記載した。そして,Aは,設立時発行株式の引受け後遅滞なく,その引き受けた設立時発行株式につき,本件不動産を給付した(以下Aによる本件不動産の出資を「本件現物出資」という。)。

  他方,A及びBは,発起人として,Bが割当てを受ける設立時発行株式の数は1000株であり,その株式と引換えに払い込む金銭の額は1億円であると定めた。そして,Bは,設立時発行株式の引受け後遅滞なく,その引き受けた設立時発行株式につき,その出資に係る金銭の全額1億円を払い込んだ。

  なお,A及びBは,本件不動産の評価額を5億円とする不動産鑑定士の鑑定評価及び本件不動産について定款に記載された5億円の価額が相当であることについての公認会計士の証明を受けた。そして,A及びBは,裁判所に対し,定款に記載のある本件現物出資に関する事項を調査させるための検査役の選任の申立てをしなかった。

  設立中の甲社においては,A,B及びCが設立時取締役として選任され,Aが設立時代表取締役として選定された。A,B及びCは,その選任後遅滞なく,本件不動産に係る不動産鑑定士の鑑定評価及び公認会計士の証明が相当であること並びにA及びBによる設立時発行株式に係る出資の履行が完了していることにつき調査をした。その後,甲社は,本店の所在地において設立の登記をしたことにより成立し,Aが甲社の代表取締役に,B及びCが甲社の取締役にそれぞれ就任した。そして,甲社は,本件不動産をスーパーマーケットの店舗(以下「甲店」という。)に改装し,スーパーマーケット事業を開始した。

3.甲社は,成立後数年の間は,甲店におけるスーパーマーケット事業を順調に行い,好業績を上げていた。そして,Bは,甲社の取引先に対し,自己の所有していた甲社の株式の一部を譲渡した。

  ところが,その後,大手ディスカウントストアが甲店の近隣に出店したことにより,甲社のスーパーマーケット事業には,急速に陰りが出始めた。そこで,甲社は,運転資金が必要となったため,乙銀行株式会社(以下「乙銀行」という。)に甲店の大規模改装に必要な資金の名目で2億円の融資を申し入れた。これに対し,乙銀行の担当者は,甲社の近時における業績の低迷等を見て懸念を感じ,甲社に対し,「甲店の大規模改装に必要な資金2億円のうち,半分の1億円を増資等により自ら調達するなどすれば,残りの1億円につき融資することも考えられないことはない。」と返答した。

  そこで,甲社は,Aの提案により,丙株式会社(以下「丙社」という。)を割当先とする募集株式の発行を行うこととした。甲社の取締役会は,募集株式の数1000株,募集株式1株と引換えに払い込む金銭を10万円とするなどと定めた。丙社は,当該募集株式の割当てを受けて,甲社の取締役会が定めた募集株式の払込みの期日に,募集株式の払込金額の全額1億円を払い込んだ。そこで,甲社は,募集株式の発行による変更の登記をし,また,その払込み後遅滞なく甲社の株式1000株に係る株券を発行し,丙社に同株券を交付した(以下甲社による当該募集株式の発行を「本件募集株式発行」という。)。

4.その後,甲社は,乙銀行に対し,増資が完了し,現金1億円を確保したことを伝え,大手ディスカウントストアに対抗するため,改めて,甲店の大規模改装に必要となる資金の残額として1億円の融資を申し入れた。これに対し,乙銀行は,甲社に対し,甲社の計算書類及び登記事項証明書等を提示するよう求めた。そこで,Aは,乙銀行に対し,本件募集株式発行がされたこと及び本件募集株式発行に際し払い込まれた現金1億円が甲社にあることを表示している甲社の貸借対照表(資料①は,その概要)等の計算書類及び登記事項証明書(資料②)を提示した。乙銀行は,これらの内容を確認した上で,甲社に対する1億円の融資を決定し,甲社に対し,1億円を貸し付けた。

  なお,これに先立ち,甲社の取締役会は,A,B及びCの全員一致で,乙銀行から1億円の融資を受けることを決定していた。

5.ところが,甲社は,乙銀行からの上記融資後も甲店の改装を行わず,甲社の顧客の多くが引き続き大手ディスカウントストアに流れたため,業績を回復させることができなかった。乙銀行は,程なく,甲社が破綻したこと,そのため,乙銀行の甲社に対する貸付債権のほぼ全額が回収不能となったことを知った。

6.その後,乙銀行が甲社の破綻及び乙銀行の甲社に対する貸付債権がほぼ全額回収不能となるに至った経緯を調査した結果,以下の事実が判明した。

 ⑴ 本件不動産は,本件現物出資の当時,土地に土壌汚染が存在し,甲社の定款作成の時及び成立の時における客観的価値は,いずれも1億円にすぎなかった。また,甲社の設立当時,Aは,当該土壌汚染の存在を認識していたが,Bは,当該土壌汚染の存在を認識しておらず,本件不動産に係る鑑定評価や証明を行った不動産鑑定士及び公認会計士は,その当時,当該土壌汚染の存在や,これにより定款に記載された本件不動産の価額が相当でないことを認識していなかった。

 ⑵ 丙社は,Aが実質的に発行済株式の全部を所有していた。本件募集株式発行に際し,丙社の代表取締役Dは,Aの指示を受けて,丁銀行株式会社(以下「丁銀行」という。)から払込金相当額の9割に相当する9000万円を借り入れ,それを丙社がねん出することができた資金1000万円と併せて,本件募集株式発行の払込みに充てた上,Aが,当該払込みがされた日の翌日,募集株式の発行による変更の登記の申請に必要な手続をすると直ちに,当該払込みに係る資金のうち9000万円を甲社の口座から引き出して,丙社の代表取締役Dに交付し,Dが,丙社の代表取締役として,直ちに,この資金をもって,丁銀行に対し,9000万円の借入金債務を弁済した。その後,Aは,甲社の貸借対照表(資料①は,その概要)等の計算書類を作成し,乙銀行に対し,同計算書類や登記事項証明書(資料②)を示していた。

 

   Bは,Aに本件募集株式発行に関する手続を実質的に一任しており,その当時,本件募集株式発行に係る払込みやAのDに対する9000万円の交付等に関する上記一連の事情を認識していなかった。

 

   なお,本件募集株式発行の払込金額は,丙社に特に有利な金額であるとはいえなかった。

 

〔設問1〕 本件現物出資に関し,会社法上,A及びBが甲社に対して負担する責任について,説明しなさい。

 

〔設問2〕 本件募集株式発行に関し,①払込みの効力及び発行された株式の効力について論じた上,会社法上,②A,B及び丙社が甲社に対して負担する責任並びに③A及びBが乙銀行に対して負担する責任について,説明しなさい。

 

【資料①】

 

【資料②】

 

出題趣旨

設問1は,株式会社成立時における現物出資財産の価額が当該現物出資財産について定款に記載された価額に著しく不足する場合における,発起人及び設立時取締役の責任について,会社法上の基本的な理解を問うものである。発起人及び設立時取締役につき,不足額のてん補責任(会社法第52条第1項)の要件の該当性のほか,その免責事由(同条第2項)についての適用除外の有無及び免責事由の当てはめ,更に会社法第53条第1項に基づく任務懈怠による損害賠償責任の有無につき,事実関係を踏まえた記述をすることが求められる。

 設問2は,株式会社の成立後における募集株式の発行に際し,その一部が仮装払込み(いわゆる見せ金)による場合に,①その払込みの効力と発行された株式の効力,②見せ金による払込みにかかわった取締役その他の取締役や見せ金による払込みを行った募集株式の引受人の会社に対する責任及び③当該取締役の第三者に対する責任について,会社法上の基本的な理解を問うものである。

 見せ金の効力及びこれにより発行された株式の効力に関する判例や学説の状況を十分に理解した上で,事実関係を踏まえ,①~③の各問に解答することが求められる。

 ①においては,見せ金による払込みの効力と発行された株式の効力を分けて論述することが求められる。前者では,判例の立場を踏まえ,見せ金の意義,見せ金と認定するための要件とその当てはめ,払込みの効力の論拠を検討することが必要である。後者では,判例の立場を踏まえ,発行された株式の効力の論拠を検討する必要があり,払込無効説を採る場合には,取引の安全への配慮のほか,無効となった払込みの実質的なてん補手段の有無や10パーセントの資金が会社に残っていることの評価について検討することが期待され,さらに,株式の効力を否定する場合には新株発行の無効と不存在の別,払込無効説に立ちながら株式の効力を認める説(株式有効説)を採る場合には株式の所有者等が問題となり得る。そのほか,払込有効説を採る場合には,取締役が払込みに係る資金を引き出して引受人に対し交付した行為の評価について検討することが期待される。

 ②及び③については,①において採用した結論(払込み及び株式の無効(不存在)説,払込無効・株式有効説,払込み及び株式の有効説)と整合した記述をすることが求められる。この記述においては,特に全体的な論理的構成力が試されている。

 ②においては,いずれの説に立つ場合であっても,これに整合して,会社法第423条第1項の任務懈怠の内容及び損害の内容等について記述することや,取締役Bについては,監督(監視)義務違反の根拠及びその内容を記述することが求められる。募集株式の引受人丙社については,会社法第208条第5項による失権の有無を踏まえ,同法第212条第1項第1号の類推適用の可否等会社法上の責任について検討することが期待される。

 ③においては,取締役A及びBの両名について本件募集株式発行に関し,会社法第429条第1項の「職務」の内容を具体的に記述することのほか,同条第1項と第2項の責任の関係,同条第2項での責任主体となる「取締役」の意義を記述することが求められる。特に,取締役Aの同項第1号ロ及びハの各責任の有無については,①において採用した結論との整合性に配慮しつつ,資料①②の虚偽のある項目及び内容を分析することが期待される。

 

採点実感

1 出題の趣旨,ねらい等

 既に「平成22年新司法試験論文式試験問題出題趣旨」(以下「出題趣旨」という。)において説明しているとおりであり,特に補足すべき点はない。

 

2 採点方針,採点実感

 民事系科目第1問が商法からの出題である。これは,比較的詳細に示された事実関係や,貸借対照表及び履歴事項全部証明書の法的文書を読み解き,分析して,会社法上の論点を的確に抽出し,事案に即した責任関係を明らかにするという,法曹に求められる基本的な知識と能力を試すものである。

 設問1については,ほとんどの答案が会社法第52条の責任の問題として検討することができた。しかし,同条の発起人としての責任と設立時取締役としての責任の双方が問題となることを明確にしていないか,一方の責任についてのみ論じる答案も多かった。本件の事案が同条第1項の「著しく不足する」という要件に該当するかを論じないで,他の要件のみを検討する答案もかなりあった。また,Aが,現物出資者であるため同条第2項の適用がなく(同項柱書かっこ書),同条第1項の責任につき無過失責任を負うことを指摘していない答案も多かった。これに対し,Bについては,本件事案では検査役が選任されていないため同条第2項第1号の適用はなく,同項第2号により,無過失を立証すれば同条第1項の責任を負わないことを論じていない答案がかなりあり,中には検査役を選任しなかったこと自体により責任を負うという誤った理解をした答案もあった。

 また,設問1のA,Bについては,会社法第53条の発起人・設立時取締役の任務懈怠責任も問題になるが,これについて論じていない答案も多かった。彼らの任務に会社法第46条第1項第2号による現物出資財産等の価額の証明等の相当性に関する調査が含まれることを理解できていないと言える。

 設問2において,まず,見せ金による払込みの効力が問題となる。しかし,「見せ金」の概念及び問題の所在を示した上で,本件事案が見せ金に該当するか否かを論じている答案は,少なかった。最高裁昭和38年12月6日第2小法廷判決(民集17巻12号1633頁)は,払込み後,当該借入金を返済するまでの期間の長短,払込金が会社資金として運用された事実の有無,当該借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響という三要件により,見せ金に該当するか否かを判断し,見せ金による払込みは効力を有しない旨を判示しており,この判例を引用して解答すべきであるが,この判例に言及している答案はほとんどなかった。もっとも,この判例を引用しないが,三要件に従って見せ金に該当し払込みとしての効力がない旨を論じている答案は相当数存在した。学説上は見せ金による払込みを有効とする説もあり,有効説に立つ答案もある程度存在したが,いずれの説に立つ答案も,その根拠を適切に論じているものはそれほど多くなかった。採点においては,無効説・有効説いずれをとっても,その理由等が適切に述べられていれば,同様に評価した。

 見せ金による払込みの効力が無効である立場を採るとしても,これにより発行された株式の効力については,最高裁平成9年1月28日第3小法廷判決(民集51巻1号71頁)が,取締役の引受担保責任が存在することを理由に,見せ金による払込みがされた場合であっても,新株発行が無効となるものではない旨を判示している。しかし,会社法により,引受担保責任が廃止されたことを受けて,見せ金による払込みがされた場合は新株発行無効事由又は新株発行不存在事由になるとする学説等もある。これら判例・学説等を踏まえて論じた答案はごく僅かであった。また,本件募集株式発行については,見せ金を除くごく一部につき実際の払込みがあることを,本件募集株式発行により発行された株式の効力を考える上で,いかに評価するかを論じる必要がある。しかし,これを論じている答案は更に少なかった。

 本件募集株式発行に係るA及びBの甲社に対する責任は,Aが,見せ金による払込みに関与し,本件募集株式発行をしたこと又は丙社のDに払込金を交付したことの評価や,それについてのBの監視義務の有無等から,A,Bに甲会社に対し取締役としての任務懈怠責任があったかを,自説とした見せ金払込有効説又は無効説を前提に,事実関係を丁寧に拾い上げて論じる必要がある(有効説においては,交付の法的評価が大きな問題となる。)。しかし,そのような前提や事実関係を踏まえた議論ができていた答案は極めて僅かであった。また,本件募集株式発行に係る丙社の甲会社に対する責任については,丙社による払込みが無効であると,丙は,募集株式の株主となる権利を失い(会社法第208条第5項),丙社の払込責任もなくなるともいえる。しかし,見せ金による払込みのために資金調達ができていないことによる甲社の株主の不利益等を考えると,丙社の甲社に対する責任を,会社法第212条第1項第1号の類推適用等により導くような考えもあり得るものと考えられる。失権について触れた答案は僅かであったが,相当数の答案が同号を類推する議論を展開していた。

 本件募集株式発行に係るA及びBの乙銀行に対する会社法上の責任としては,A,Bともにまず会社法第429条第1項の責任が問題になる。同項の責任については,A,Bの取締役としての任務懈怠の有無(Bの場合は監視義務違反),損害との因果関係等を論じる必要がある。また,同条第2項第1号ロ・ハの責任も論じる必要がある。前者の責任については,かなりの答案が論じていたが,前記のような要件について立ち入った分析をしている答案は多くはなかった(監視義務違反を論じているものは多かった。)。後者の責任については,そもそも論じていない答案も多く,論じても,AのほかBも責任の主体になり得るか等の問題の検討や,見せ金による払込みの効力及び株式の効力と整合的に,貸借対照表及び履歴事項全部証明書の内容を分析することが,不十分であっただけでなく,同条第2項第1号の要件を満たすから同条第1項の責任が認められると議論する等,前者の責任と後者の責任の関係を理解していないものが圧倒的であった。

 以上のような採点実感に照らすと,「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」の四つの水準の答案は,以下のようなものと考えられる。第一に,「優秀」な答案は,上記の採点のポイントとして挙げた論点の主要なものをほぼ論じることができていて(各設問につき主要な論点の一,二が欠けている程度は,差し支えない。),各問題につき相当な理由をもって自らの考えを述べ,その考えに基づき論理的に整合性をもった法的議論を展開することのできている答案である。「良好」な答案は,主要な論点で論じられていないものが若干あるが,取り上げた論点についてはそれなりの論理的に整合性をもった法的議論がなされている答案である。「一応の水準」の答案は,最低限押さえるべき論点,例えば,設問1であれば,会社法第52条の責任の問題となることや,設問2であれば,見せ金による払込みの問題になること等が,少なくとも実質的に論じられていて,議論の筋がある程度通っている答案である。「不良」な答案は,そのような最低限押さえるべき論点も押さえられていない答案や,議論の筋の通っていない答案である。

 

3 今後の法科大学院教育に求められるもの

 上述の会社法第52条や第429条の責任の問題のように,基本的な会社法上の責任の構造に関する理解に不十分な面が見られる。また,判例をきちんと身に付け,それを踏まえて議論するという,法曹に求められる基本的な思考方法が十分に身に付いていない感がある。見せ金による払込みに関する有効説と無効説,募集株式発行の効力等,法理論を理解しそれに基づいて論理的な思考をしたり,その考え方を応用する能力,例えば,判例・学説が余り論じていない問題につき,自分なりに法的議論を展開して適切な解決を求める能力などに,不十分な点が見られる。これら法曹に求められる基本的能力を涵養する教育が求められる。

 

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