社会保険労務士(社労士)といえば、人事・労務のプロです。会社が人を雇うことで、実に多く業務が発生します。社労士試験の受験資格の中には「実務経験」も含まれていますが、具体的にはどんな内容をもって実務と呼ぶのか、あまり知られていないのではないでしょうか。
この記事では将来の社労士のために、日々おこなう実務について、分かりやすくまとめていきます!
目次
1 社労士(社会保険労務士)の実務とは?
社労士の実務といえば、ご存じのように、1~3号業務に代表されます。
⑴ 1~3号業務
下表の「1号業務」「2号業務」は社労士の独占業務ですが、「3号業務」は社労士登録をしていなくても報酬を受けておこなうことができる業務です。
1号業務 | 労働社会保険諸法令に基づいて申請書、届出書、報告書を作成し、提出の代行をおこなう(社会保険労務士法第2条の第1号に記載)。
実務例: 労働基準監督署への就業規則の届出、ハローワークへの「雇用保険被保険者資格取得届」、「雇用保険被保険者資格喪失届」など。 |
2号業務 | 労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類の作成をする。「帳簿書類」とは、会社で証拠として保管しなければならない書類(社会保険労務士法第2条の第2号に記載)。
実務例: 労働者名簿や賃金台帳の作成、勤怠管理などの書類を作成し、保管する。 |
3号業務 | 事業における労務管理その他について相談に応じ、指導すること。「コンサルティング」業務。
実務例: 人材採用、人員配置、資金繰りについてのアドバイスなど。 |
⑵ 実務の流れ
社労士がおこなう実務は、会社が1人の従業員を採用した時から、退職までに渡って発生します。それでは、従業員の雇用と退職にともない、社労士がどのような実務をおこなっているのか見ていきましょう。
① 会社が従業員を雇った
・ハローワークに「雇用保険資格取得届」を提出する。
・社会保険事務所に「健康保険・厚生年金保険 資格取得届」を提出する。
・扶養者がいれば「被扶養者届」を提出する。
② 従業員が退職した
・ハローワークに「雇用保険資格喪失届」を提出する。
・社会保険事務所に「健康保険・厚生年金保険 資格喪失届」を提出する。
ちなみに「〇〇届」の提出は「1号業務」にあたります。また、当該手続きをおこなうにあたり、従業員に関する「出勤簿」や「賃金台帳」を添付して提出する必要がありますが、これらを事前に準備するのが「2号業務」にあたります。
③ その他
その他にも、以下のような社労士登録しなくてもできる(場合がある)実務があります。
・日本年金機構、全国健康保険組合等での就労
・コンサルティング
・労働保険料の手続きの受付業務や労働相談・年金相談などの行政協力
・執筆、セミナーでの講演
・受験指導
2 社労士(社会保険労務士)の実務の詳細
社労士の実務のより具体的な内容を調べるため、社労士会が催す実務セミナーのカリキュラムを参考にしてみました。
⑴ 実践的な実務
東京都社会保険労務士会は平成30年度、令和元年度に「実務修習制度」を実施し、受講生は実務に必要な12科目について1年間かけて修習しました。開催目的は、社労士業務で必要とされる実践的な実務の修習です。この期間を通して、実務能力の向上と資質の向上を図りました。
⑵ カリキュラムの内容とは?
下表は同制度のカリキュラムです。社労士が請け負う実務の細かい項目が、びっしりと記載されています。ご覧の通り、社労士は素人では手が出せない届出書類を取り扱っていることが分かります。
4月 | 労働保険
年度更新 電子申請基礎講座 |
・労働保険制度、新規加入手続
・労働保険概算、確定保険料、一般拠出金申請 ・二元適用事業所の労働保険料計算、一括有期事業各種届 ・電子申請開始のための諸準備、その他 |
5月 | 算定基礎届講座 | ・定時決定の対象者、計算方法
・保険者算定 ・随時改定(月額変更)、賞与支払届 ・電子申請、マイナンバー、その他 |
6月 | 健康保険
適用関係講座 |
・新規適用、全喪届、所在地・名称変更等届
・被保険者取得・喪失届、被扶養者(異動)届 ・国民年金第3号被保険者関係届、育児休業関係届 ・電子申請、マイナンバー、その他 |
7月 | 健康保険
給付関係講座 |
・療養費、高額療養費支給申請書
・傷病手当金申請書 ・出産手当金、出産育児一時金支給申請書 ・埋葬料申請書、マイナンバー、その他 |
8月 | 雇用保険
適用関係講座 |
・適用事業所設置届、廃止届、各種変更届
・被保険者資格取得届、喪失届、被保険者離職証明書 ・被保険者氏名変更届、転勤届 ・電子申請、マイナンバー、その他 |
9月 | 雇用保険
給付関係講座 |
・被保険者60歳到達時等賃金証明書
・高年齢雇用継続給付、育児休業給付、介護休業給付 ・受給期間延長申請、再就職手当支給申請 ・電子申請、マイナンバー、その他 |
10月 | 就業規則作成講座 | ・就業規則作成、変更届出
・就業規則と労働契約、労働協約との関係 ・絶対的必要記載事項、相対的必要記載事項 ・給与規程、賞与規程、退職金規程、マイナンバー、その他 |
11月 | 給与計算講座 | ・給与の基本構成・時間外・休日・深夜労働手当の計算方法
・通勤手当、社会保険控除、源泉所得税額 ・賞与計算方法、マイナンバー、その他 |
12月 | 厚生年金・国民年金講座 | ・年金請求手続方法
・特別支給の老齢厚生年金、老齢厚生年金 ・障害基礎・厚生年金、遺族基礎・厚生年金 ・離婚分割、未支給年金、マイナンバー、その他 |
1月 | 労災保険
療養・給付関係講座 |
・業務災害、通勤災害・療養補償給付、休業補償給付
・障害補償給付、遺族補償給付、埋葬料 ・第三者行為災害届、マイナンバー、その他 |
2月 | 労働基準法・労働安全衛生法講座 | ・労働契約書、労働条件通知書、出勤簿、労働者名簿、賃金台帳
・時間外労働休日労働に関する協定届、解雇予告除外認定申請書 ・安全衛生管理体制、その他 |
3月 | 各種助成金講座 | ・助成金に取り組むにあたって
・特定求職者雇用開発助成金 ・キャリアップ助成金、両立支援等助成金、その他 |
東京都社会保険労務士会の資料を基に作成
3 社労士(社会保険労務士)の実務能力をつけるには?
社労士が取り扱う実務は、実に幅広いことがお分かり頂けたでしょう。それでは、この実務をおこなうに足りる能力は、どうすれば身に付くのでしょうか。
⑴ 実務能力とは具体的には何?
社労士の実務をおこなうためには、以下の能力が求められます。将来性がある社労士になりたければ、労務コンサルティング能力は必須であるため、下表の全てのスキルを兼ね備えるべきだといえます。
1 | 手続き能力 | 1号業務 |
2 | 労働条件設定能力 | 3号業務 |
3 | 給与計算能力 | (2号業務ではない) |
4 | 問題解決能力 | コンサルティング、紛争解決手続代理業務(特定社労士) |
5 | サービス能力 | コンサルティング、セミナー講師など |
⑵ どのようなゴールを目指すべきか?
上表で挙げた具体的な能力は、あくまでも顧客の問題解決(ソリューション)のために必要なものです。 最終的には顧客の問題が解決し、経営状態が良くなることを目的とする「クライアント目線」から、常に離れないようにしましょう。
⑶ 実務能力を身につける方法とは?
将来性のある社労士を目指すには、多くの実務能力が求められます。これらを身に着けるためには、理想的には一定期間、社労士事務所に就職できれば良いでしょう。しかし、求人案件が少なかったり、条件が合わなかったりする可能性もあります。
社労士試験合格後、すぐに独立開業するなら、実務セミナーなどに出て精力的に学ぶようにしましょう。しかし、カリキュラムについては良く吟味し、レアケースばかり扱っているものは避けるようにしましょう。「これは最低知っていないと困る」という、扱う頻度が高い実務を教えてくれるセミナーで十分です。
4 社労士(社会保険労務士)の実務経験がないと就職・転職できない?
実務経験を得るためには、社労士事務所に就職するのが一番ですが、実務経験ゼロでも就職できるのでしょうか。
⑴ 実務経験ゼロが欲しい事務所も
実は、実務経験がない人を採用したい事務所はあります。この場合、事務所側は経験ではなくポテンシャルで採用し、ゼロから教えていきたいと思っているようです。経験者ではあるが、癖がついていて教育係が困る人もいるからです。
⑵ よく聞かれる質問とは?
社労士事務所に就活すると、実務経験の他に、このような質問についても良く聞かれるようです。
「こういう業界の人と仕事した経験はありますか?」
「パソコンでこんな作業をするけど大丈夫?」
「単調な作業が多いけど大丈夫?」
「何で社労士資格を取ろうと思ったのですか?」
また、「将来的な独立は考えていますか?」という質問も多いようです。社労士事務所としては、せっかく育て上げても直ぐに退社されてしまうときついので、どのくらい勤めるつもりなのかを事前に知りたいのです。
5 サマリー
社労士の実務について、代表的なものを紹介して参りました。この他にも多岐にわたる実務があり、例えば雇用保険系の助成金の申請も、社労士が独占を許されている実務です。コロナ禍に設立された助成金の特例制度についても、社労士は専門家として活躍し、解説や申請を請け負いました。
6 まとめ
・社労士1、2号業務は独占業務だが、3号業務は社労士登録なしでもおこなうことができる。
・「〇〇届」提出は1号業務、添付する「出勤簿」「賃金台帳」を事前に準備するのは2号業務。
・その他、社労士登録なしでもできる場合がある専門機関への就労、コンサルティング、行政協力などの実務がある。
東京都社労士会は過去「実務修習制度」を実施し、受講生は12科目を1年間かけて修習した。
・実務能力とは、手続き・労働条件設定・給与計算・問題解決・サービスの能力である。
・実務経験がない人を採用したい事務所もある。