生活残業とは?働き方改革が解決を急ぐ問題と施策を考察

生活残業とは?働き方改革が解決を急ぐ問題と施策を考察

長時間労働の常態化は、日本の労働環境における改善されるべき点のひとつ。その改善のための施策として、今回の働き方改革で「時間外労働の上限規制」が設けられました。

しかし、残業時間を法的に制限したからといって、労働問題の全てが解決されるわけではありません。残業時間を削減されることで残業代を当てにできなくなり、かえって生活が困窮する人も出てきているというのです。

1 生活残業とは

残業について語るうえで、しばしば「生活残業」という言葉が使われます。どんな意味なのか調べてみました。

「生活残業」とは、生活費として残業代を稼ぐため、意図的に残業することをいいます。日本企業で長時間労働が問題となっている理由の一つは、「生活残業」を当てにする労働者が多いこと。この背景には、会社側は従業員一人ひとりがどのように働いているかを把握し切れず、従業員側は意図的に仕事の工数や働く時間を増やすことができ、さらにそれが高評価に結びついているという、日本企業ならではの根深い問題があります。

出典:日本の人事部

つまり、「生活残業」とは、生活費のために残業をおこなうことを意味します。基本給だけでは生活が立ちいかないため、残業を意図的におこなうケースがあるというのです。

生活費だけでなく、残業代を見込んで住宅ローンの返済計画を立てているケースもあるようです。今回の働き方改革で残業が削減されると、収入が減って生活に困窮したりローンが返せなくなって自宅を手放すような人が出てくる可能性があります。このような問題を生活残業ははらんでいるのです。

「生活残業」の何が問題かといえば、不必要な残業をおこなっている点です。残業代が欲しいがためにノロノロ仕事をしたり、悪質なケースだと退社時間近くになってから仕事に本腰を入れるといったケースも。こういった行為が、周りの人間のモチベーションを下げることは想像に難くないでしょう。不必要な経費も発生させている「生活残業」は、ゆゆしき問題であるのです。

2 生活残業の実態について

大和総研が2017年8月に発表した「日本経済予測」によれば、働き方改革で月の残業時間が60時間に制限されると、労働者全体で見ると1か月に3億8454万時間の残業が減ると試算されています。年間の残業代に換算すると8兆5000億円となり、雇用者全体の報酬の3%に相当します。こうして見ると、残業代は労働者にとって大きな収入減となっていることが分かります。

(1)生活残業は既に予測されていた

みずほ銀行総合研究所は、働き方改革施行前の2017年に、厚生労働省がおこなった調査を引用しながら、生活残業をしなければ生活できない労働者の存在についての懸念をあらわしています。

一方で残業時間の規制により、雇用者から見れば従来よりも受け取る残業代が減少することになる。厚生労働省「毎月勤労統計調査」によると、労働者の受け取る残業代(所定外給与)が名目賃金(現金給与総額)に占める割合は、2017年平均で6%となっており、時間外労働による残業代が生活上の重要な収入源となっている様子が伺える。

出典:みずほ銀行総合研究所

また、下図を用いて、残業代が賃金に占める割合についても具体的に示しています。

図:残業代が賃金に占める割合

(注)雇用者を対象に算出。
(資料)厚生労働省「毎月勤労統計調査」より、みずほ総合研究所作成

出典:みずほ銀行総合研究所

上図から、雇用者の残業代が減少すれば、日本経済全体にも負の影響を及ぼす可能性があることが読み取れると指摘しています。

また同資料は次のような試算もおこなっています。

まず、月平均60時間超の時間外労働時間が一律に削減されたと仮定しています。その場合、雇用者の受け取る賃金がどの程度減少するかを試算しているのです。(追加雇用や規制上限未抵触者の労働時間の延長を伴わない場合)

その結果、減少額は雇用者1人当たりで月約7.2万円とのこと。年間だと約86.7万円もの金額となります。総額を試算すると、年間約5.6兆円もの額に達するというのです。日本経済全体では、平均2.6%も名目賃金が減少することになるという驚くべき試算を発表するとともに、これを補うためには、理論的には2.6%の賃上げが必要になると結論付けています。

(2)生活残業のリアルな実態

キャリコネニュースは、働き方改革によって時間外労働の上限規制が設けられた後の、職場の様子を紹介しています。同記事によれば、働き方改革で定時帰りが一般的となると、残業する人にすべての負担がかかるといいます。

「残業しているのに労をねぎらう言葉もない」
「『早く帰れ』という空気が漂う」
「会社に仕事を残すのも、残業して会社に残るのも辛い」

こういった声が現場からあがっています。また、仕事は残るのに、会社に人員を増やす気配はないため、

「短い時間で必死に仕事をこなしても限度がある」
「以前のように、残った仕事をみんなで残業するほうがよっぽど良かった」

という意見も挙がっています。

また、現場で起こった信じられない対応もレポートされています。ある自動車部品製造会社では、働き方改革の残業規制を遵守しながらこれまでの仕事量をこなすために、「生産性を20%向上しよう」と経営層が言い始めたそうです。

なんの投資もしないままに、量産ラインの生産性が大きく上がるはずはありません。この会社では、ゆくゆくは増員していくものと考えられているようですが、社員たちは人件費増大が会社の経営を圧迫することを懸念している模様です。

また、生活残業の恩恵で生きながらえてきた労働者の声もまとめられており、実に深刻です。ある労働者の基本給は10年間も上がらなかったため、毎月40~60時間の残業をこなすことで、なんとか生活が成り立っていたところを、働き方改革後は毎月の残業時間が0~10時間に削減されてしまいました。この労働者の声をそのまま引用します。

とてもじゃないが子供が2人いて生活できるレベルではない。残業に頼らない生活は、10年前の独身だったらまだしも、家庭を持った現在では無理。そもそも10年間基本給が上がらないのもどうかと思う。ベースアップができるような体制の働き方改革にしてほしい

出典:キャリコネニュース https://news.careerconnection.jp/?p=76885

もう一つ、営業職の30代女性の意見もそのまま引用します。

入社したての子たちは、権利を盾に定時退社。そのツケは私たち、少し上の人たちが無言で尻拭い。もっと上の人たちは、辞められては困るし、建前は働き方改革だから、言うに言えず、結局あちこちで板挟み

出典:キャリコネニュース https://news.careerconnection.jp/?p=76885

結局、管理職に残業時間を削減したシワ寄せが来る様子も指摘されています。

(3)生活残業問題が生じる背景とは?

このような生活残業が生じる背景にある要因をまとめてみましょう。

会社側の原因として考えられること 従業員側の原因として考えられること
業務改善を試みていない 時間がかからない業務に意図的に時間をかけている
給与体系が明確でない 業務をしているように装うことができる
残業を美徳とする風土がある 長く働けは評価されると思っている

生活残業と聞くと、自分の都合(ローン、家計など)で労働時間を意図的に引き延ばすというイメージがありますが、生活残業が生じる原因には会社サイドの問題もあるのです。

①時代の変化

労働基準法は長らく改正されず、法令のなかには戦前の労働の性格を受け継いでいるものもあります。ですから、戦前の基準にのっとれば、残業は会社から命じられてするものでした。しかし、特に戦後急成長したサービス業などでは、労働者本人に労働時間管理を任せるという性格をもちました。残業は申告制となった会社が多くなったことも、生活残業が生じる原因のひとつとなっているのです。

②プレイングマネージャーの存在

近年、管理職が「プレイングマネージャー」として、管理のみならず現場にも出る働き方も増えました。すると問題になるのが、自分のノルマ・仕事に精いっぱいで、部下の様子が把握できていない管理職が増えてくることです。ですから、上司といえども、部下が仕事が終わらなくて残業しているのか、残業代のために残業しているのかよく分からないケースが出てくるのです。

③労働時間を評価しているから

労働時間の長さで賃金が決定されるということは、実は、効率よく仕事をしている人が損をし、時間ばかりかかっている人が得をしていることになります。

ですから、労働時間で賃金を決定するのは、実は社員のやる気が阻害されるやり方なのです。管理職であるならば、部下の仕事ぶりや仕事の濃さを把握したうえで評価できていなければなりません。

3 生活残業防止の対策としておこなわれていることは?

生活残業を根本的になくすことにはなりませんが、抑止力となるいくつかの防止策があります。以下に挙げていきます。

①業務管理

まず、業務を可視化して業務の適正化を図りましょう。良くいわれる「ムリ・ムラ・ムダ」の排除や、特定の人に業務が集中している「業務の属人化」の是正と標準化など、現場に改善をおこなう余地がないか良く見渡してみましょう。

管理職は、部下の業務の適正化が出来ているか常にチェックしましょう。スキルミスマッチでダラダラ残業が生じている場合もあるからです。

②残業を許可制にする

「残業をおこなう場合は上司に許可を得なければならない」というルールを既に導入し、効果を得ている会社はあります。これは、責任者が必要と判断した場合のみ、労働者に残業をさせることができる制度です。

③残業日数を人事評価と結びつける

評価制度を大きく見直す必要もあります。その一つとして「残業日数の多さは評価につながらない」ことを、社員に明確に示すことも重要です。そうすれば、生活費を稼ぐためにわざと残業する人が減っていくでしょう。

④残業を美徳としない

これまで日本では、会社への忠誠心や丁寧なサービス、いってみれば「おもてなし精神」が大きく評価される風土がありました。しかし、その弊害も生じており、例えば「上司より先に帰ってはいけない」雰囲気を生んだり、過剰なサービス競争が生じたりもしています。このような雰囲気から是正しなければいけませんが、単なる成果主義の導入だけでは、職場はギスギスしてしまうので注意が必要です。

⑤みなし残業の導入

みなし残業とは以下のような制度です。

固定残業代制度とは、「時間外労働、休日労働、深夜労働の有無にかかわらず、一定時間分の時間外労働などについて割増賃金を定額で支払う制度」のことです。

例えば、法定労働時間を超えた時間外労働が10時間あった場合、会社は10時間分の残業代(割増賃金)を支払わなければなりませんが、固定残業代制度の場合、10時間の時間外労働がなかったとしても、毎月支払う賃金に10時間分の残業代を含めて支払います。

10時間分の残業があったと“みなす”ことから、固定残業代は「みなし残業代」とも言われています

出典:リクナビNEXT

つまり、みなし残業制とは、給料の中にあらかじめ一定時間分の残業代が含まれている制度です。この一定時間分を超える残業は、禁止とすると良いでしょう。

⑥ノー残業デー制度を設ける

ノー残業デーは、強制的に残業禁止の日を設ける制度のことですが、こうすることで従業員は仕事を効率的に、限られた時間のなかで終わらせようとするようになります。しかし、この制度は職種によっては、実現が難しい制度でもあります。

「マイ・ノー残業デー」というやり方もあり、この場合は自分で残業日を選べるため、仕事の進捗とあわせて残業日を決定できて効率的です。

4 生活残業を無くすための根本的な解決方法とは?

(1)生産性の向上

働き方改革は、「成果の出し方改革」ともいわれています。

既に申し上げたように、残業代を削減するならその分基本給を上げなければ、生活残業はなくなりません。そのためには、会社は従業員の労働生産性を向上させ利益を上げる必要があります。

国際的に見た日本の生産性は、OECDの中で最下位であることは衝撃をもって繰り返し報道されました。働き方改革の本来の目的は、この労働生産性向上です。つい法の遵守のみを目的としてしまいがちですが、生産性向上を目的としている改革の「本質」を見つめるべきです。

(2)残業代の還元

「ノー残業手当」などの方法で、残業代として支給しなくなった分を労働者に還元するという方法があります。残業代をカットした分賃金ベースをあげるという方法もありますが、こちらはそんなに簡単に実現できないでしょう。ですので、その分「手当」というかたちで残業代を労働者に還元すれば、労働者の満足度は高いでしょう。

(3)副業解禁

副業の解禁も、働き方改革が推進しようとしているものの一つです。まだまだ法的拘束力は持ちませんが、厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」で 副業・兼業の、労働者と企業それぞれにメリットがあるとしています。

【労働者】メリット:

① 離職せずとも別の仕事に就くことが可能となり、スキルや経験を得ることで、労働者が主体的にキャリアを形成することができる。
② 本業の所得を活かして、自分がやりたいことに挑戦でき、自己実現を追求することができる。
③ 所得が増加する。
④ 本業を続けつつ、よりリスクの小さい形で将来の起業・転職に向けた準備・試行ができる。

【企業】メリット:

① 労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得することができる。
② 労働者の自律性・自主性を促すことができる。
③ 優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。
④ 労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大につながる。

出典:厚生労働省

このようなメリットを持つことを踏まえつつ、副業解禁を検討しても良いでしょう。

(4)賃金制度改革

中小企業においては特に、賃金ベースが低いという問題があります。そのため、残業をしないと食べていけない状況にある労働者が生まれやすいのです。中小企業においては、そもそも賃金ベースが低いために、残業を意図的にする労働者が出てくるという現実を直視しなければいけません。

また、「同一労働同一賃金」も2020年から施行される働き方改革の重要な施策の一つです。

同一労働同一賃金とは

同一労働同一賃金の導入は、同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者) と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指すものです。

同一企業内における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の解消の取組を通じて、どのような雇用形態を選択しても納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できるようにします。

出典:厚生労働省

同一労働同一賃金は、2020年4月1日から施行されます。中小企業における「パートタイム・有期雇用労働法」の適用は、2021年4月1日からと猶予されていますが、この法律が施行されることにあわせても、賃金制度の改革を検討しなければならない企業はあります。

5 サマリー

「生活残業」という言葉をはじめて聞いた方も多いのではないでしょうか。独身ならともかく、世帯を持っていたり、正社員ではないなど雇用形態に問題がある労働者の場合は、「残業代」は命綱ともなりかねないのです。普通に働けば生活していける賃金ベースの構築がまだなされていないなら、早急におこなうべきです。

6 まとめ

・生活残業とは、残業代で生活費やローンの支払い分を稼ぐために意図的に残業することである。

・働き方改革施行前から「生活残業なしでは生活できない労働者」の存在に対する懸念は、研究機関よりあらわされていた。残業代が給与に占める割合を見れば、残業時間の削減は一部の労働者の困窮に繋がることは明白だった。

・時間外労働の上限規制が適用された現在、職場から「仕事が残っているのに残業が許されない」「管理職にシワ寄せがいっている」といった不満の声が挙がっている。

・生活残業が発生する背景には労働者側の問題だけでなく、会社側にも「給与体系の改善の必要性」「労働時間ベースの評価制度」などの問題がある。

・生活残業を無くするための最善策は「生産性の向上」に尽きる。働き方改革は、「成果の出し方改革」といわれているのはそのためである。その他、残業代還元、副業解禁、賃金制度改革などの生活残業の解決策も提案している。

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