働き方改革における「産業医の機能強化」について全容を解説

働き方改革における「産業医の機能強化」について全容を解説

働き方改革関連法の一環である「労働安全衛生法」による「産業医の機能強化」。

労働環境全般の改善を目指す今回の改正は、就労環境での労働者の健康確保を目指しています。同時に、人事部など、企業の労務管理機能を司る部署にとっては、新たな職務を割りあてられることになります。

産業医の機能強化によって、新たにどんな業務が加わるのでしょうか。また、事業者に新たに義務付けられるものとは何でしょうか。

この記事では、企業の人事部に所属し労務関係に携わる方に、産業医の機能強化について詳しく解説し、新しく対応を求められる事柄を紹介していきます。

1、産業医機能の強化とは?

2019年4月から順次施行される働き方改革関連法は、「時間外労働の上限規制」や「年次有給休暇の年間5日取得」などに、主な注目が集まっているように見受けられます。しかし、人事に携わる方にとっては「産業医・産業保健機能の強化」も、いくつかの取り組みが事業者に義務化されることから、概要を詳しく知っておきたいところでしょう。

今回の労働時間法制の見直しは、「労働基準法」「労働安全衛生法」「労働時間等設定改善法」の改正をベースとしています。その目的は「働きすぎ」を防ぎ、「ワーク・ライフ・バランス」と「多様で柔軟な働き方」の実現です。

既に常態化してしまった長時間労働を確実に減らすためには、現場に専任する医師の指導、勧告の権限の強化をもって、産業医の介入を制度化しなければならなかった背景があります。それが今回の産業医機能の強化に繋がりました。

この記事では「産業医とはなに?」から解説し、働き方改革関連法の施行によって産業医の権限に変更があった内容を紹介していきます。

(1)そもそも産業医ってなに?

まず、産業医とはどんなことをおこなう医師を指すのかを説明します。

産業医とは、労働者の健康管理等について、専門的な立場から指導や助言をおこなう医師のことです。

産業医は企業に嘱託したり、専属で選任されたりしますが、その前に厚生労働大臣が定める研修を修了し「労働衛生コンサルタント試験」に合格している必要があります。

産業医という言葉を初めて聞く方もいるでしょう。それもそのはずで、産業医とは企業の事業規模によって専任義務の有無が決定するため、産業医の選任義務がない企業に勤めていれば縁がないからです。後ほど図表で解説しますが、常時使用する労働者数が50人未満の企業には、産業医の選任義務がありません。労働者数が50人以上になると、嘱託産業医(特定業務の事業場では専属産業医)を1人選任することが義務付けられます。労働者数が1,000人以上になると嘱託ではなく専属産業医が、労働者数が3,001人以上になると1人ではなく2人の産業医の専任が義務となります。

図1:労働者数規模により選任する産業医の人数と専任形態

出典:「SmartHR」 https://mag.smarthr.jp/labor/detail/hatarakikata_kaikakuhou_sangyoui/

労働者数が500人以上の事業者規模で、特定業務をおこなう事業場の場合「専属産業医」の選任が義務化されます。

特定業務とは、「多量の高熱物体を取り扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務」「多量の低温物体を取り扱う業務及び著しく寒冷な場所における業務」など、危険性をともなう14の業務を指しており、このような現場では専属の医師を選任させ関与させることが義務化されています。

また、今回の改正で産業医と「衛生委員会」の関係性も強化されます。

衛生委員会とは、労働者の健康管理等について労使が協力して効果的な対策を進めるために、事業場に設置する協議の場です。衛生委員会のメンバーは、総括安全衛生管理者、産業医、衛生管理者、衛生に関する経験を有する労働者で構成されます。

労働者50人以上の事業所においては、衛生委員会の設置が事業者の義務となっています。

事業者は、産業医からの勧告を衛生委員会に報告しなければならず、この勧告は衛生委員会の健康確保対策の検討に役立てられます。

(2)働き方改革における産業医・保険機能の強化の概要

繰り返しますが、今回、改正労働安全衛生法で「産業医の衛生委員会内及び事業者への権限」が強化されました。産業医はこれまでも、衛生委員会において次のような重要な役割を与えられてきました。

・労働者の健康障害防止

・健康保持増進策などについて調査審議し、事業者に意見を述べる

今回の改正で産業医の権限は次のように強化されました。

①産業医への「情報提供」の強化

事業者は、労働者の業務状況、特に長時間労働者の状況など、産業医が労働者の健康管理等を適切におこなうために必要な情報を提供しなければならなくなります。2019年4月からは、事業者は選定産業医に、下記のような情報を提供する義務を負います。

・1ヶ月あたりの「時間外・休日労働時間」が80時間を超えた労働者の氏名及びその労働者の超えた労働時間に関する情報

・労働者の業務に関する情報で産業医がその労働者の健康管理に必要と認める情報

・健康診断実施後の措置等

②医師(※)による「面接指導」の強化

今回の改正により、過労死等のリスクが高い状況にある長時間労働者を見逃さないために、長時間労働者への産業医の関与が強化されました。事業者は、産業医による面接指導等が確実に実施されるようにしなければなりません。

医師は事業者からの情報提供に基づき、一般労働者の希望があれば、医師による面接指導を事前に提供される情報をもとに実施することになります。

下図は、長時間労働者に対する産業医の面接指導の流れを図表化したものです。

 

図2:長時間労働者に対する産業医の面接指導の流れ

出典:「働き方改革」広島労働局

https://jsite.mhlw.go.jp/hiroshima-roudoukyoku/content/contents/000355547.pdf

 

また、今回新設される「高度プロフェッショナル制度」において、下記の条件に該当する場合は労働者の希望の有無にかかわらず医師の面接指導が義務付けられ、守られない場合においては罰則が処されます。

 

「時間外・休日労働時間100時間以上」で、下記の2つに当てはまる労働者

・新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務につく労働者

・特定高度専門業務・成果型労働制の対象労働者

 

時間外・休日労働時間100時間未満でも、希望すれば医師の面接指導が受けられるように努めなければなりません。

③「勧告」の強化

提供される情報を基に産業医が事業者に「勧告」をおこなうことは、これまでもおこなわれてきました。しかし、これまで事業者は勧告を「尊重」すれば良いという程度にとどまっていました。4月からは、事業主が産業医に勧告された内容を、衛生委員会もしくは安全衛生委員会へ報告することが義務づけられました。

事業者側は、産業医の勧告を受けておこなった事業者側の措置等を、議事録に記録して保存することも義務化されました。つまり、これまでのように「勧告を尊重する」にとどまるのではなく、事業者側が何らかの具体的な対応をおこなうことが求められるようになったのです。

(3)働き方改革における産業医・保険機能の強化の目的

厚生労働省資料から、今回の改正による産業医・保険機能の強化の目的を抜粋してみましょう。

(この改正の)背景には、労働安全衛生法が制定された昭和 47 年当時と比べ、産業構造や経営環境が大きく変わり、産業医・産業保健機能に求められる役割や事業者が取り組むべき労働者の健康確保の在り方も変化してきていることがある。

出典:「平成29年6月6日付け労働政策審議会建議(安全衛生分科会報告)」厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11201250-Roudoukijunkyoku-Roudoujoukenseisakuka/0000167146.pdf

 

同資料は、労働安全衛生法制定当時と違い、産業医・産業保健機能が、新たに次のような課題と対峙するようになった点を指摘しています。

・工場等における職業性の疾病の防止対策

・事務的業務に従事する人を含めた過労死等防止対策

・メンタルヘルス対策

・病気の治療と仕事の両立支援対策

働き方改革は多様で柔軟な働き方も推奨しており、労働者個人と企業との多様な関係性が認められるべきとしています。産業医・保険機能の強化は、労働者個人の価値観や選択は、時代に合わせて最大限に尊重されながら、労働者一人ひとりの健康的な就労環境を支える仕組みの構築を目的としているといえます。

2、産業医機能強化の今までとの変更ポイント

「熊本産業保険総合支援センター」の資料によると「働き方改革における産業医・保険機能強化の変更ポイント」は次の3つに集約されます。

(1)産業医に対する情報提供の強化

①改正前

改正前、産業医の職務内容は下記のように表現されていました。

・産業医に対し、労働時間に関する情報その他必要な情報を提供する。

・労働者の心身に関する情報については労働者の健康の確保に必要な範囲内で

収集、保管、使用する。

・心身に関する情報を適正に管理するための措置を講ずる。

改正前の産業医の権限は、労働者の健康を確保するために必要があるときは、事業者に対して勧告することができるという程度でした。

②改正後

事業者は、長時間労働者の状況や労働者の業務の状況など産業医が労働者の健康管理等を適切におこなうために必要な情報を提供しなければならないと義務化されています。

(2)産業医の活動環境の整備

①改正前

産業医の勧告を受けた時、事業者は安全衛生委員会へ報告することとされていました。

事業者は産業医から勧告を受けた場合は、その勧告を「尊重」する義務がありました。

②改正後

事業者は、産業医から受けた勧告の内容を事業場の労使や産業医で構成する衛生委員会に報告することが義務化されました。勧告内容は、衛生委員会での実効性のある健康確保対策の検討に役立てられます。

⑶ 労働者に対する健康相談の体制整備、労働者の健康情報の適正な取り扱い

①改正前

事業者は、労働者の健康相談等を継続的かつ計画的におこなう必要がありましたが、これは努力義務でした。

②改正後

産業医等による労働者の健康相談が強化されました。また、事業者は、産業医等が労働者から健康相談に応じるための体制整備に努めなければなりません。事業者による労働者の健康情報の適正な取り扱いも推進されます。事業者による労働者の健康情報の収集、保管、使用及び適正な管理について、指針を定め、労働者が安心して事業場における健康相談や健康診断を受けられるようにしなければなりません。

3,産業医機能の強化において事業者が対応すべきこととは

次は、事業者が対応すべき内容についてみていきましょう。

事業者は、まず面談者が産業医への面談を希望しやすい環境を作ってあげなければいけません。今回の改正で設けられた、産業医との面接の対象となる基準は下記の通りです。

・1ヶ月あたりの時間外・休日労働時間が80時間を超えた一般労働者

・1ヶ月あたりの時間外・休日労働時間が100時間未満の高度プロフェッショナル制度対象労働者

この基準に達した労働者が、臆せずに医師との面談を希望する旨を申しでることができるような環境の整備が急務だといえます。

働き方改革の主眼は「長時間労働の是正」におかれています。

これまで長時間労働で成り立っていた職場が、決められた時間内で生産性の増大を図るように願われていますが、実際はいきなり時間外労働を大幅に削減するのは難しいだろうと見られています。

このような変化を求められる労働者達に寄り添う存在として、産業医の役割に期待が寄せられているのです。

(1)産業医の定期巡視の頻度の見直し

産業医によって少なくとも月1回おこなうこととされている作業場等の巡視を、2月に1回とすることが可能となります。

これは、事業者から毎月1回、産業医に所定の情報が提供されるようになるためです。

(2)医師等からの意見聴取に必要となる情報の提供

事業者は、労働者の業務に関する情報を医師等から求められたら提供しなければなりません。医師等が、各種健康診断の有所見者について就業上の措置等に関する意見具申をおこなう場合に、必要となる労働者の業務に関する情報がある場合があるからです。

また、前述の通り、衛生委員会等への報告や、議事録への記録といった義務も生じます。

産業医は、面談結果を踏まえて、労働者への今後の措置等に関する意見を事業者に伝えます。事業者は、産業医の意見に基づいて実施した措置内容を産業医に報告します。

措置状況を確認したうえで、産業医がさらなる措置が必要と認めた場合は「勧告」をおこないます。

事業者は、図2:「長時間労働者に対する産業医の面接指導の流れ」で図表化したように、衛生委員会等への報告や議事録への記録を欠かさずおこなうことになります。

(3) 産業医への長時間労働者に関する情報の提供

産業医への長時間労働者に関する情報提供も、事業者が対応すべき内容です。事業者は、毎月1回以上、一定の期日を定めて、休憩時間を除き1週間当たり40時間を超えて労働させた場合において、その超えた時間の算定をおこないます。

その超えた時間が、1月当たり100時間を超えた労働者がいた場合、その氏名と超えた時間に関する情報を、速やかに産業医に提供しなければならなくなりました。

4、産業医機能の強化をおこなうにあたっての具体的事例

それでは、産業医に対して提供が義務化された情報を挙げていきます。
既に申し上げた内容も含みます。

(1)全労働者の労働時間の把握

事業者が全ての労働者の労働時間を把握することは、以前は「ガイドライン」のレベルでしたが、今回法律化されました。時間外労働の上限が明確に線引きされているため、事業者による労働時間の把握は怠ることができません。現状把握の徹底がまず重要だといえます。

(2)残業時間月80時間超えの労働者について情報提供

事業者が産業医に、残業時間月80時間超えの労働者について情報提供することも、省令から義務化されました。労働者の氏名とその労働者の超えた労働時間に関する情報についてもです。

労働者の業務に関する情報で、産業医がその労働者の健康管理に必要と認める情報や健康診断実施後の措置等についても情報提供義務があります。

(3)残業時間月80時間超えの労働者からの面接申し出への措置

残業時間月80時間超えの労働者から事業者に面接の申し出があった場合、次のことが法律により義務化されました。

①産業医との面接の申し出があったら、事業者は医師による面接指導の実施をすること

②事業者が医師から労働者の措置等に関する意見を聴くこと

③事業者が医師の意見を踏まえて必要な措置を講じること

④事業者が産業医に、措置内容などの情報提供すること

⑤事業者が産業医の勧告内容を衛生委員会に報告すること

5、サマリー

いかがだったでしょうか?これまでは努力義務であった内容が義務化している変更点が、確認できましたか。時間外労働の上限が設定されたことで、これまでにはなかった業務も発生してくることを認識しておきましょう。

6、まとめ

・産業医とは、労働者の健康管理等について、専門的な立場から指導や助言をおこなう医師のことである。

・今回の改正で、産業医・保険機能が強化された。具体的には、「産業医に対する情報提供の義務化」「事業者の産業医による勧告内容の報告の義務化」「労働者の健康相談の強化」である。

・産業医機能の強化において、事業者が対応すべき事は、「産業医の定期巡視の頻度の見直し」「医師等からの意見聴取に必要となる情報の提供」「長時間労働者に関する情報の産業医への提供」である。

・産業医機能の強化をおこなうにあたり具体的には、「全労働者の労働時間の把握」「業時間月80時間超えの労働者について情報提供」「残業時間月80時間超えの労働者からの面接申し出への措置」が義務化された。

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