「社会保険労務士(社労士)資格は取っても意味ない」などという声を、聞いたことはありますか?社労士になるにはいくつもの関門があることに鑑みると、実に不当な意見です。試験を受けるにも学歴などの受験資格があり、その要件を満たさなくてはいけません。次に、合格率平均が約6%の難関国家試験・社労士試験に合格しなければなりません。晴れて合格しても「2年以上の実務経験」などがなければ、社労士登録はできません。
このような難関国家資格が「取っても意味ない」などと囁かれてしまうのは何故なのでしょうか?そして、社労士資格は本当に取っても意味ない資格なのでしょうか?
この記事で、その神髄に触れていきます。
目次
1 社労士(社会保険労務士)とは
まず、社労士の果たす役割について振り返ってみましょう。
⑴ 労働・社会保険のプロ
会社が人を雇うと、健康保険や雇用保険、厚生年金などの保険に加入させなければなりません。社労士は、これら労働・社会保険のプロとして、各種保険の加入申請書類の作成と手続きを代行します。なおこれらの書類の提出先は、公共職業安定所(ハローワーク)、労働基準監督署、社会保険事務所などです。
また、厚生労働省関連の助成金申請手続きも、社労士が請け負うべき業務です。
⑵ 労働問題のプロ
社労士は労働問題のプロでもあります。どのような会社でも人を雇っている以上、労働問題が発生するものです。
労働問題には長時間労働、サービス残業、過労死、賃金未払い、セクハラ、パワハラなどがありますが、これらが労使間で、争いに発展することがあります。働き方改革とは、これらのなかなか解決を見ない労働問題を解決するために、大幅な法改正を施行したものです。労務問題の専門家として、企業が働き方改革にキャッチアップできるようにサポートすることも、社労士に求められる役割です。
また、近年、コンプライアンス遵守も、会社の経営に直結する問題として認識されるようになりました。コンプライアンス違反を犯すと企業イメージを大きく損なうため、社労士はトラブルを予測し未然に防ぐためのアドバイスをするなど、ここでも大きな役割を果たしています。
⑶ 独占業務がある
社会保険労務士法によって、社労士には以下の業務の独占が許されています。厚生労働省系の助成金は雇用保険を財源としていますが、その申請手続きも、社労士の独占業務です。
【社労士業務】
1号業務 | ①労働社会諸法令に基づき官公署に提出する書類作成を作成 | 独占業務 | |
②申請書等の提出を代行 | |||
③申請、行政の調査・処分に関して主張・陳述を代理 | |||
④紛争解決手続き代理(特定社労士のみがおこなえる) | |||
2号業務 | 帳簿書類作成(労働者名簿、賃金台帳など) | ||
3号業務 | 労務管理、労働・社会保険に関する相談・指導 | 非独占業務 |
2 社労士資格は取得しても意味ないのか?
「社労士の業務は、会社がある以上存在する」といわれる一方で、「社労士資格は取っても意味ない」「社労士は食えない」などという不名誉なレッテルを貼られているのも、また事実です。なぜ社労士には、このようなネガティブなイメージが付きまとうのでしょうか。その根拠と考えられる理由を挙げていきます。
⑴ 知名度が低い
知名度が高い士業といえば、何といっても弁護士や税理士でしょう。対して、社労士は企業を顧客としているせいか、知名度はあまり高くありません。しかし、間違えてはいけないのは、知名度のが低いからといって需要も低いわけではないということです。
先述の通り、働き方改革においても、社労士は企業の法改正対応のサポートで活躍しました。現代では企業リソースといえば「ヒト・カネ・モノ・情報」といわれますが、このうちの「ヒト(人的リソース)」のプロである社労士への需要は、会社が人を雇う限りなくなることは考えられないのです。
近年、コンプライアンスに関する企業意識の高まりが見られますが、これも社労士に対する需要を後押ししているのです。
⑵ 廃業してしまう人が多い
社労士の独立開業は非常に難しく、結局廃業してしまうケースが多いと囁かれています。このことも「社労士は取得しても意味ない資格だ」と、一方的に決めつけられる原因になっていると思われます。しかし、独立開業に廃業のリスクが付きまとうのは、社労士だけに限ったことではないはずです。
社労士の場合、登録区分に「勤務社労士」と「開業社労士」「その他」があります。開業社労士を選択したら、廃業してしまう可能性は付きまといますが、それはどの事業でも同じではないでしょうか。
集客センスや顧客獲得スキルの有無が、開業社労士の明暗を最終的に分けているのは事実です。しかし、そのようなリスクがあることを、社労士資格の価値と結びつけるのは間違っています。
⑶ 受験・登録までのハードルが高すぎる
社労士試験を受験するには学歴などの「受験資格」をクリアしなければなりません。また試験合格後は、登録するために「2年以上の実務経験等」が求められます。これがない場合は、下表の「事務指定講習」(社会保険労務士会連合会の主催)を修了する必要があるのです。
実務経験の要件を満たし、晴れて社労士登録ができるようになったら、今度は登録費用として下記(事務指定講習費用以外)が必要になります。
事務指定講習 | 77,000円(税込) | 通信指導課程と面接指導課程 |
登録免許税 | 30,000円 | 全国社会保険労務士会連合会 |
手数料 | 30,000円 | |
開業社労士の
入会金と年会費 |
入会金50,000円
年会費96,000円(月額8,000円) |
東京都社会保険労務士会 |
勤務社労士の
入会金と年会費 |
入会金30,000円
年会費54,000円(月額3,500円) |
社労士会への入会金と年会費は、管轄の都道府県や開業・勤務等の区分によって異なります。勤務社労士の場合は、これらの費用を会社が負担してくれるケースもあるようです。社労士登録にはこれほどの費用がかかるものの、独立開業後に必ずしも収益が上がる訳ではないので、「社労士資格は意味ない」というボヤキが蔓延してしまったのかもしれません。
3 社労士資格を取得する意味とは?
社労士資格取得後に多くの企業と顧問契約を結び、顧客から感謝されながら高い収入を得ている社労士もいます。そのような「勝ち組」は、社労士取得の意味についてどう語っているのでしょうか。
⑴ 社労士資格の有無で面接官の反応が違ってくる
社労士法人や社労士事務所だけでなく、一般企業の人事・労務部に就活する場合、社労士資格を持っていると面接官の反応が違います。社労士資格は人事・労務の最高峰の資格です。採用側としては、社労士の有資格者を人事・労務の部署で活躍できる即戦力とみなしますし、難関国家資格にパスした優秀な人材として期待もします。
また有資格者は、税理士事務所をはじめ、他士業の事務所でも需要があります。
労務のスペシャリストとして、コンサルティング会社へ就職できる可能性もあります。
⑵ 現在の勤務先で昇格できる
現在、社労士の評価は非常に高まっています。社労士は人事・労務の専門家として認められ、働き方改革や新型コロナウィルス感染拡大での助成金特例を、分かりやすく解説できる専門家として注目されました。年金の専門家でもあることから、メディアなどで社労士が解説者として活躍することも多くなってきました。
このような社労士資格を取得すれば、現在の勤務先で重宝されるようになり、人事・労務部など希望の部署への異動も可能になるかもしれません。
⑶ 独立開業もしやすい士業である
社労士資格を取得したら、誰でも最終的には独立開業したいでしょう。社労士には有資格者しか請け負うことができない独占業務があるため、顧客も獲得しやすいといわれています。労務コンサルティングは社労士の独占業務ではないですが、需要が高いので、コンサルティングを主軸とした社労士事務所も多く見受けられます。
もちろん、事務所経営には顧客獲得スキルや集客センスが必要になり、向き不向きがありますが、裁量権を持ちたい人や高年収を狙いたい人にとっては、社労士は非常に魅力的な資格なのです。
事務所が軌道に乗るまでには時間がかかります。上手くいかず結局廃業に追い込まれるリスクもありますが、仕事が軌道に乗れば、年収1,000万円以上も夢ではないのが社労士なのです。
4 社労士資格を意味あるものにするには?
せっかく苦労して取った社労士資格ですから、最大限に活用して最高の結果を導き出したいものです。最後に、登録区分別に、どのようにすれば社労士資格を意味あるものにできるかをご紹介します。
⑴ 開業社労士
社労士資格を取得したら、誰でも最終的になりたいのは開業社労士です。企業を顧客として、顧問契約を締結します。案件には継続性があるため安定しますが、うまく顧客獲得できるかが鍵となり、それにはやはり営業力が問われます。
業務内容は、労働・社会保険の手続きの代行、給与計算、人事・労務問題に関する相談・指導などです。企業側としても顧問社労士がいれば、労使問題が起こってもすぐに相談できるため、メリットがあります。
また、更に「特定社会保険労務士」という資格を取れば、労働紛争に伴う裁判外紛争手続(ADR)の代理業務をおこなうことができます。労使間では残業代未払い、不当な解雇や人事、パワハラなどの問題が発生することがありますが、特定社労士はこのような労働紛争の解決を担い、和解のための交渉をおこないます。
⑵ 勤務社労士
社労士は、会社に勤務しながら社労士資格資格を活かせる「勤務社労士」登録ができます。会社の総務部や人事部などに所属し、社内の社労士業務に専従する仕事です。勤務社労士の割合は大きく、多くの社労士が企業の総務・人事部に所属しながら働いています。企業としても社内に有資格者がいれば、わざわざ社労士をアウトソーシングする必要がないので、経費削減できるメリットがあります。
ただ、勤務社労士は勤務先企業の専従なので、副業を認めていない会社に勤務している場合は、仕事を自分の会社以外から引き受けて、副業することはできません。この制約は、自分の仕事の幅を広げたいと願う向上心のある人にとっては、デメリットになるかもしれません。
⑶ 「その他登録」社労士
社労士登録には「その他登録」という区分があります。この「その他登録」も社労士だけの独自の制度です。簡単にいえば、開業でも勤務でもなく、ただ社労士と名乗ることができるだけの制度です。名乗るだけなので、社労士法で規定された社労士業務はおこなうことができません。
独立開業や勤務社労士になる予定もないが、せっかく難関国家試験に合格したのだから社労士と名乗りたいという場合に、ちょうどいい登録区分です。社会保険労務士バッジも付けることができますし、名刺に社労士と載せることもできます。ただ、社労士業務はおこなうことができません。
「その他登録」者は支部活動や研修会に出席できますし、連合会、都道府県会からの会報を定期的に受け取ることができます。
登録費用・入会金・年会費はもちろん支払う必要があり、年会費を払い続けなければ、社労士登録は維持されません。試験に合格したものの、独立も勤務社労士にもなれないけれど、将来のために自己研鑽は続けていきたい人にはぴったりの登録区分です。
5 サマリー
「社労士資格は取得しても意味ない」とは、何とも不名誉な言われようですよね。しかしそういわれるようになった背景には、社労士の成功が難しい一般的な理由より、属人的な要素が多く関係しています。社労士として成功できるかどうかは、結局は自分次第だと結論付けることができるでしょう。
6 まとめ
・社労士は労働・社会保険や労働問題のプロであり、社労士法で定められた独占業務がある。
・社労士資格は取得しても意味ないといわれる理由には、低い知名度、廃業者が多い、受験・登録までのハードルが高いなどがある。
・社労士資格を取得する意味には、就活で面接官の反応が違う、現在の勤務先での昇格、独立開業しやすいなどがある。
・登録区分によって、それぞれ資格の意味を最大化するやり方がある。